まじめで重い話です。
そして少し長いです。
僕は男性の同性愛者であるため、その視点から書いていますが、それは他のセクシャル・マイノリティの方々とも共通する部分もすくなからずあるだろうという理由で「セクシャル・マイノリティについて」という大きなくくりで書きました。
●高校生の頃
僕が高校生の時、同級生にSというクラスメイトがいました。
クラス委員をやっていたような僕とは全く違う、いわゆる「不良」のグループにいた彼と、通学の路線が同じという事もあり、たまに一緒に帰ったりしているうちに親しくなり、余った学校のロッカーを二人で共有するようになりました。
それまで何度か喫煙などで停学をくらっていたSは3年生の2学期に退学になり、それ以来一度も会っていません。僕は、学校を卒業する前に、ロッカーの中にあったSの体操服を家に持ち帰りました。Sの体臭とカビの混ざったような匂いがしました。
卒業アルバムの集合写真はもう撮ってあったから、卒業アルバムでSの顔を見ることはできるけれども、「卒業したら彼女と結婚するんだ。結婚式には来てくれよな。」と言っていたSの姿を思い出しながら、「もう少しで一緒に卒業できたのにな」と僕は思いました。
でも、それよりもっとバカだったのは、自分の気持ちをよく理解できず、「他の人と違う変な事だ」と思い否定したり、ただ彼の体操服をこっそり持ちかえるという事でしか、自分自身の感情に折り合いをつけることができなかった「気持ちの悪い自分」の方でした。
それから十数年経ち、僕は、僕の恥ずかしいところも含めて全てを見せてしまえる、それでもなお受け入れてくれると信じる事のできる大切な人と出会う事ができました。
それがぐーさんです。
●僕とGoさん
僕達には紙切れ一枚の約束もありません。
それがどういう意味かというと、
もし、相手が事故にあったり、病気になって家族以外面会謝絶の集中治療室に入ったら、もうそれきり、会うことも最後に手を握る事もできないかもしれない。
二人でお金を出し合ってマンションを買っても、現行の法律では二人の共有財産とは認められず、所有権を持つほうが死んだ場合、パートナーに相続することはとても難しいのです。
もし、いま僕が死んだとしても、お葬式に来てもらう事もできないかもしれないし、僕が遺したいと思ったものも彼の手には渡らない可能性があります。
「養子縁組」という方法もありますが、家族から絶縁されかねないというリスクが大きく、また、将来ドメスティックパートナー法が成立、施行された場合、養子縁組からドメスティックパートナーの状態へ移行するのが難しいと予想されるため、実行する人はほとんどいません。
ただ、男と男というだけで、愛していても尊敬していても、どんなに自分の人生にとって必要な存在であっても、それがほとんど意味をなさない世界に僕らは生きています。
悲観しているわけではなく、それがいまのところ、僕らの前にある現実です。
●セクシャル・マイノリティとは
直訳すると「性的少数者」の事で、純粋に異性を恋愛対象やパートナーに選ぶヘテロセクシャル(セクシャル・マジョリティ)の人たち以外の事を指します。
例えば、ゲイやレズビアン(同性愛者)、トランスセクシャル(自身の肉体の性と精神の性が一致していない)、トランスベスタイト(肉体と精神の性は一致しているものの、性別の違和感を持っている)、バイ・セクシャル(両性愛者)、エイ・セクシャル(無性愛者)などのことです。
●クローゼット
人口の5〜10%は同性愛者を含むセクシャルマイノリティと言われていますが、クローゼットな(自分の性的指向を隠して生活している)人が多いから、その実態はよくわかっていません。
なぜ隠しているかというと、自分のセクシャリティを公にした場合、差別や偏見などによって大きな不利益を被る可能性が非常に高いからです。(詳しくはAct Against Homophobiaをご覧ください)
石原慎太郎のように平気で「オカマとかホモに選挙権を与えるのはけしからん」という暴言を吐くような政治家が日本の首都である東京の知事に2度も当選するほど、日本ではセクシャル・マイノリティに対する差別や偏見が容認されています。
中には、社会的なプレッシャーに負けて、結婚して何人も子供を作っておきながら、自分の性的指向に抗えず離婚して、ほんとうの自分に戻る人もいます。自分にも相手にも嘘をついて「幸せ」に見えるものを作って、いったい誰が本当に幸せになれるのでしょう?
僕達は「自分から選んでセクシャル・マイノリティになった」わけではなく、生まれながらにしてセクシャル・マイノリティであることを余儀なくされているのです例えば異性愛者の方が、無理やり「同性を(恋愛対象として)好きになれ、セックスしろ!」と要求されても難しいのと同じように、性的嗜好ではなく、生まれつきの「性的指向」を変えるのは不可能な事です。
「日本では同性愛者に対する差別は存在しない」という風に考えている人たちもいるようですが、もし、差別がないのならば、自分の性的指向を隠さず堂々と生活できるはずですし、同性間におけるパートナーシップに関しても、もっと活発に議論されているはずです。積極的にバッシングされない事と「なかった事」にして無視され続けるのは、結局同じ事です。
●マスメディアにおける同性愛者
テレビに出てくるような、ゲイやホモやオカマを売りにしたタレント、そういう作られたTV向きのイメージではなく、普通に、ほんのちょっとだけ多くの人とは違うかもしれないけれども、控えめにコンパクトに生活しているセクシャル・マイノリティがたくさんいる事を、1人でも多くの人に知って欲しいのです。
例えば、テレビ番組においてオネエ口調で毒舌を吐きまくっているのは、演出、キャラクター、という「営業」、もしくは通常受け入れられがたい同性愛者という状況を逆手に取った「処世術」なのであり、見たり聞いたりしている側は面白いかもしれないけれども、そういう方法でしか受け入れられない、自己表現ができないというのはとても悲しい状況なのではないかと思います。
昔いじめられていた人が笑いをとることで、いじめられる事を回避し、そのまま芸人になるという例があります。でも、ヨノナカの芸人と一般人の比率を考えたらわかるように、「本当の自分」を受け入れる術を知らず、誰かに相談する事も打ち明ける事もできずに苦しんでいる人たちがたくさんいます。残念な事に、自ら命を断ったり、希望を見出せずに自暴自棄な生活を送る人たちもいます。
彼ら彼女達は珍しい生き物でも、特別な存在でもなく同じ人間です。
●知っていて欲しい事
理解して欲しいとか共感して欲しい、と思っているわけではありません。それは誰も自分以外の人間の心を知ることはできないし、もしかしたら、「自分自身のことさえも、本当に理解する事なんて不可能だ」と思っているからです。
それでも私達人間はすばらしい能力を持っています。それは、例え理解することができなくても、他人の存在を「受け入れ」「その存在を認める」ことです。
だから、社会の片隅で静かに生きていく事くらいは認めてほしいと思います。
そのためには、1人でも多くの人の認知と協力が必要なのです。
これを読んでくださっているアナタが、もし、いつか長い人生の中でそういったセクシャル・マイノリティに分類される人と出会ったら、どうかその事を知っても、驚いたり怖がったりしないで、あなたが最初にその人に会った時のままで、変わらず、普通に接してあげて欲しいのです。
それから、もしアナタに子供がいるのなら、ヨノナカには同性を好きになったりパートナーに選んだりする人がいるけれども、それは決して異常な事ではなくて、まして「笑える」事ではないのだと教えてあげて欲しいです。先ほども書いたように、人口の数%程度、間違いなく同性愛者を含むセクシャル・マイノリティと呼ばれている人たちがいます。あなたの子供もそうかもしれません。多くの差別の種は、親から子へと受け継がれます。その連鎖をどうかここで断ち切ってください。
●セクシャル・マイノリティの人へ
最後に、セクシャル・マイノリティの人たちに。
こういう事を僕が書くのはよけいなお世話以外のなにものでもないのですが、セクシャル・マイノリティであることを、どうか「苦しみの種」だと思うのではなく、「与えられた大切なギフト」だと思って大切にしてほしいと思います。
少数であることの苦しみや辛さを知る事ができたのは、見方を変えてみればとても幸せな事です。同じように苦しんでいる人や悩んでいる人たちの気持ちに共感して、優しくなれたり、そして、強くなれるチャンスを生まれながらに与えられたのですから。
だから、生まれた来た事を後悔しないで欲しい。
少しでもヨノナカが僕たちのような人間にとって暮らしやすくなるように声をあげていくこと、そして、「自分なりの幸せ」を見つけられるように生きていくことの意味を最後まで諦めないで探し続けて欲しいと思います。
僕も頑張って探していこうと思います。
長くなりましたが、最後まで読んでくれてありがとうございました。
セクシャル・マイノリティについてさらによく知っていただくために、下記のリンクをご参照ください。
●同性愛の基礎知識(すこたん企画)
●NPO法人 アカー
●GAY JAPAN NEWS
●市民政治文化フォーラム・アクエリアス
●世田谷区議会議員 上川あや
●大阪府議会議員 尾辻かな子
●石坂わたる
●永瀬ユキ

